──放課後、県立北高校、文芸部兼SOS団部室にて
ねえ、キョン。明日地球が滅亡するとしたら、どうする?
(!!!!)
(………!)
(ふえぇぇ)
いきなり物騒なことを言うな!
なに怒ってんのよ。仮定の話じゃない。
で、どうなの? 答えなさい。団長命令よ!
そうだな……やりかけのゲームを急いでクリアするかな。
それとも全財産使い果たしてパーッと遊ぶか。
何よそれ? 諦めちゃうんだ。つまんないやつ。
なんだと? ならお前はどうするんだ?
あたしは最後まで生き残ろうと足掻くわ。絶望的な状況であっても僅かでも希望があれば、あたしはそれに全てを賭ける。だってせっかくこの世界に生まれてきたんじゃない。寿命が尽きてもいないのに死んじゃうなんて嫌よ!
ハルヒらしい答えだな。でも、突然「明日滅亡します」なんてことになってもやれることは少ないぞ。
そうね……。
じゃあ、何十年か後に破滅が訪れると解ったら……例えば、太陽の活動が異常に活発になって強力な宇宙線が降り注いだり、気温が上昇して生物が住めない環境になるとしたらどうする?
う~む。時間的猶予があるなら何とか生き延びようと考えるかな。
具体的には?
そうだな……地下シェルターを作って逃げ込むとかどうだ? 太陽の活動が収まるまで地下にこもって耐え忍ぶんだ。
それまでに食料が尽きたらどうするの? そのまま餓死するつもり?
それに、いつ太陽活動が沈静化するかわからないじゃない。
太陽が暴走するのが解るなら、活動が落ち着く時期も解るだろ。それまで持つ十分な量の食料を用意しておけばいい。あるいは地下で食物を自給自足できるようにしておくとか。
随分都合がいいのね。
そりゃそうさ。そもそもこれは仮定の話だろ? 大体、数十年後に太陽がおかしくなるなんてどうやって知るんだ?
太陽活動を予測することは可能。
長門?
太陽が燃えているのは中心核で核融合反応が起きているから。中心部で発生したエネルギーはおよそ数十万年かけて太陽表面に到達し、宇宙空間に放出される。つまり今地球に届いている太陽エネルギーは数十万年前の核融合反応によって生成されたもの。核融合反応ではエネルギーと同時にニュートリノと呼ばれる素粒子が発生する。ニュートリノは他の物質とほとんど干渉しないため、すぐさま宇宙に飛び出していく。よって、ニュートリノの観測を行なえば数十万年後の太陽の状態を予言することが可能。
ニュートリノとやらが他の物質と干渉しないのなら観測は不可能なんじゃないのか、長門?
バカね、キョン。ほとんど干渉しないのであって、まったく干渉しないんじゃないの。この国にはちゃんとニュートリノを観測するためのスーパーカミオカンデっていう世界で無二の施設があるんだから。
ああ、それなら聞いたことがあります。廃鉱になった鉱山を利用した研究施設で、地下深くに5万トンの水を蓄えたタンクがあり、ニュートリノが水分子と衝突した時に発生する微弱な発光現象を高感度カメラで観測することが出来るそうです。ちなみにこの発光現象を「チェレンコフ放射」と言います。
あ、あのう、今長門さんが言った方法だと、今から数十万年後の太陽を予測できるけど、数十年先のことは予測できませんよね。
南極の氷に閉じ込められている数十万年前の大気の組成を調査すれば、その当時のニュートリノ量を推測することが出来る。ニュートリノの量が解れば太陽の活動状態も解る。これから宇宙空間に放出されるであろうエネルギーの量も。ただ、ピンポイントで──例えば3年後の太陽活動を予測するのは困難。
数十万年って数字は曖昧すぎるわよね。
そう。
つまり、地下にこもってもいつ地上に出てこれるか解らないってことよ。もしかしたら永遠に出られないかもしれないわ。
だったら、「数十年後に太陽が暴走することが解る」という前提も怪しいじゃないか。ああ、もういい。これ以上掘り下げたら収集がつかなくなる。
じゃあ聞くが、お前ならどうするんだよ。地下に隠れてダメなら、我らが団長様はどうなさるおつもりか?
そうね、あたしなら……
宇宙に飛び出すわ! 地下に潜って引きこもりニートになるつもりなんてない。宇宙船を作って新天地を求めて旅立つの!
新天地ってどこだよ!? 火星にでも移住するつもりか?
別の恒星系よ!
太陽系の中だと太陽の影響から逃れられないでしょ。だから別の星系に行くの。
そうね……太陽からいちばん近いアルファ・ケンタウリとかどうかしら。
アルファ・ケンタウリは三重連星。人間が居住可能な惑星があったとしても脆弱な有機生命体が生きるには極めて過酷な環境。
じゃあ、バーナード星は? あそこは連星じゃないし惑星が存在するって話じゃない?
そう思われていましたが、惑星の存在は否定──というか白紙に戻ってしまいました。惑星の存在を示す証拠が見つからないんです。
ふうん。でも、「存在するかもしれない」ってことでもあるわよね。
ええ、まあ、そうともいえますが……。
そもそも別の恒星に行く宇宙船なんて作れるのか?
恒星間旅行を実現するには、現在の人類の技術レベルではクリアすべき問題が多すぎる。無人船ならともかく、現在生きている人間が存命中に有人恒星間宇宙船を完成させることは極めて困難。
ほらな。諦めろってことだ、ハルヒ。もしもの時は大人しく地下にこもろうぜ。
嫌よ! 諦めるなんて絶対に嫌っ! あたしはなんとしても宇宙に飛び出すの! バーナード星にSOS団の旗を立ててみせる! 絶対に! 絶対に! 絶対に!
だから、なあ、ハルヒよ……。
うるさい、うるさい、うるさあああぁぁぁぁい!!!!
どうしてあんたは簡単に諦めちゃうのよ! あたしは、諦めるのが大っ嫌いなのっ!
ああああああ、腹立つぅぅぅ。ムカつくううぅぅ!!
もう! 気分悪いから帰る!!!
バターーン!! ドカドカドカ
なんだ、あいつ、勝手に自爆しやがって……。
はあ、まったく……あなたにはもうちょっと涼宮さんを持ち上げる形で穏やかに対応していただきたいものです。あの様子だと今夜は徹夜でバイトですよ。涼宮さんはああ見えてもとても繊細な方で……
(はっ!)
きゃああああああ
(!)
何だ? どうした?
ふえぇぇぇ、い、いま、物凄い規模の時空振が起きましたぁ。
涼宮ハルヒから大規模な情報フレアを観測した。
僕もかなり強いプレッシャーのようなものを感じました。閉鎖空間は……発生していないようです。
どういうことだ? 俺は何も感じなかったぞ。
(…………)
長門?
情報統合思念体が今の現象を解析中…………………………完了。
まさか世界が改変されたのですか?
そう。でも地球に影響は及んでいない。
と、言いますと?
バーナード星系に人間が居住可能な惑星が発生した。涼宮ハルヒが部室を出て行くまでは存在していなかった。
なんですと!?
涼宮さんが惑星を一個作ったということですか?
そう。
ひょええぇぇ
それが本当ならとてつもないことです。『機関』の息のかかった天文台に観測を依頼して確認を──。
地球の技術では他星系に存在する岩石が主成分の惑星を観測することは不可能に近い。それに光学的手段では6光年先にあるバーナード星の現在の様子が解るのは6年後。
くっ、そうでした……。
遠くの宇宙で惑星一個作っちまうなんて、ハルヒめ、なんてやつだ。
涼宮さんは言動こそエキセントリックですが根はとても常識的な人間です。口ではああ仰っていましたが、近い将来、地球が滅亡するとか、別の恒星系に行ける船が造れるとは本気で思ってはいないはずです。ですから、おそらく涼宮さんはこう願ったのでしょう。遠い遠い将来、人類に終末が迫ったとき、僅かな可能性に全てを賭けて宇宙に旅立つ人達は生き残って欲しい、彼らの行く先に新天地があって欲しい、と。
だから、新しいお星様が出来たんですかぁ?
ええ、涼宮さんが世界に及ぼす影響……正直、これほどとは思いませんでした。認識を改める必要がありますね。今まで、不思議現象が起きたとしても涼宮さんの周辺に限られていましたから。
もうひとつ報告すべきことがある。上位存在による介入の形跡が見受けられる。
上位存在?
ということは、今回の件は上位存在が読んだ本が影響していると?
そう。多分これ。
何だこの本? いつからここにあった?
ふむふむ、確かにハルヒの言っていたようなことが書いてあるみたいだな。
全部読んでみて。何か解るかもしれない。
解った。読んでみるよ。
俺はその本を家に持ち帰り読んでみた。舞台はいまからそう遠くない近未来。迫り来る終末。生き残るためのやぶれかぶれの選択。山積みの難問。それでも諦めない主人公達。「ダメでもともと」が合言葉。ハルヒもこの本を読んだのだろうか。結構分厚い文庫本だったが、物語に引き込まれ、眠気も忘れて一気に読んでしまった。おかげで今日は寝不足だぜ。
──翌日、朝のホームルーム前、教室にて
キョン、昨日のことは忘れなさい。あたしとしたことが、取り乱してしまって……その……迂闊だったわ。
ああ、別に気にしてない。
そ、そう。
なあ、ハルヒ。
なに?
仮定の話だが、もし近い将来地球が滅びることになったら、俺もお前の宇宙船に乗せてくれないか。見てみたいんだ、遠くの星の世界を。(そしてお前の作った惑星もな)
当たり前でしょ。バーナード星だろうとイスカンダル星だろうと宇宙怪獣の巣だろうと、どこへ行くにも雑用係は必要よ。あんたには首根っこを引っ掴んででもついてきてもらうわ。トイレ掃除からレーザー砲のレンズ磨きまで全部やってもらうからね。覚悟しておきなさい!
機本伸司氏の書くSFは、現在よりちょっと未来で、神話に出てくるような救世主を創るとか、宇宙そのものを創造するとか、現代の技術レベルで実現しようとするあたり、「それ本当に出来ちゃうかも」と思える展開が魅力です。『僕たちの終末』では、太陽活動の異変で人類滅亡のときが来るかもよ?という状況の中、恒星間宇宙船を作って太陽系を脱出しようと奔走する人びとの姿を描いた作品です。舞台が現代に近い未来だから、ワープなんてご都合主義は通じない。機械が自動的に宇宙船を作ってくれるわけじゃない。宇宙船建造の資金をどう集めるのか? 資金が集まったとして資材を宇宙空間にどうやって運搬するか? 数光年先の恒星へ行くにも数十年、下手すれば何世代もかかる。その間、宇宙船の中で人間をどう生存させるか? 考えられるトラブルにどう対処するのか? 運良く目的の星にたどり着けたとしても、その後どのように生きていくのか? 問題は山積みです。「ダメでもともと」で始まったプロジェクトの行方はどこに帰結するのか。ぜひ本を読んで確かめてください。
▼出演▲
SOS団のみなさん